T 卒論 抜粋 (1985年作成)

 

   タイトル  『現代日本の国民生活像』    
   副題    『生活圧迫感の解明』

  U 構成

   4章構成 1 窮乏化論について(生活の質の視点)

        2 戦後国民生活小史(20世紀後半回顧)

        3 生活設計論(様々な生きざま論)

        4 終章(総括) 生活圧迫感の私見

    はじめに

   「動機として、生活上の不安(心理的窮乏感)への解答を得たいため。
    また、社会生活を営むうえで実効的試論を提示。
    三点からアプロ−チしていく。
    現状認識をどのようにどのようにという理論的視点。
    現代史という背景からの考察。
    現実の生活像からの分析。」

    1 窮乏化論について
     ?窮乏化への視点
    資本制社会において、貧困の蓄積は不可避かどうかの論争は政治・経済の大きな
    論点であった。マルクスの窮乏化論争である。
    また、視点が異なり共通土壌での議論が行なわれてきたとは言い難い。
    生活内容の程度問題に帰着するものと認識している。
    この点は、両極が存在していると言っていい。根本的な視点の違いがある。
    現状是認派(右派と称する)では、物質的(特に耐久消費財の普及)生活手段の
    潤沢さから窮乏化論は説得力を欠くという結論。
    一方の窮乏肯定派(左派)からは単純指標でなく、労働者の立場が万全でないと
    解すべきとする。
    筆者の考える窮乏化とは、超高層ビルが林立する一方で同時進行的に蓄積される
    多様な生活圧迫と不安定の集約的表現。
    「絶対的」=肉体的窮乏・「相対的」=分配率低下という窮乏化区分論もあるが
    「喜びも悲しみも賃金から」という無産の労働者の本質から論拠すべき。
     ?窮乏現象へのアプロ−チ
    「現代における貧困」について言及したい。単純に欠乏だけでなく「繁栄の中の 
    貧困」を想定している。つまり肉体的飢餓の問題だけでなく過疎・過密や環境破
    壊・住宅難・低賃金などである。
     ?「現代型」貧困の論議
    生活総体の中で論議していきたい。
     ・環境破壊や都市問題など代替不可能な被害が顕在化
     ・国の政策が大きく影響
    を前提に、生活の質が問われている。
    また、交通災害や公害などの生活破壊や「高度生活」を望む上での社会資本の落
    差、生活意識の多様化と現実とのジレンマが増幅している。
    特徴的指標として「所得・教育・住居・家族」を挙げる学者もいる。
    今日的な貧困の様相は複雑である。

    2 戦後国民生活小史(20世紀後半回顧)
     ? 1945年から’49年
    太平洋戦争敗戦の後は、占領体験というショックだけでなく国土の荒廃・人的損
    失の物理的ダメ−ジと複合して、再生日本の出発は国民にとって苦難の道であっ
    た。特にインフレ・食糧難といった経済面で顕著であり、「食」と「職」の確保
    が至上課題であった。反面、経済改革(財閥解体・農地開放・独禁政策等)が国
    民生活の平等化や社会基盤に寄与した。
    教育面の民主化は、価値観・人生観に多大な影響を与えたと断定できよう。
    物心両面での根本的な再建と変革の時期であった。
     ? 1950年から’59年
    「もはや戦後ではない」(’51年経済白書)という事で高度成長への助走の段
    階であった。
    経済復興に神風的役割をはたした朝鮮特需は戦前の経済水準まで押し上げた。
    特徴的なのは’55年二大政党体制と「三種の神器」と称される耐久消費財の普
    及が顕著になった事である。物的満足感の充実による現状満足感が緩慢でも浸透
    し、「中流意識」形成の心理的土台となる。そして、政治的嵐の「’60年安保」
    に突入するのである。
     ? 1960年から’73年
    60年安保の年は「所得倍増論」の池田内閣の登場によって高度成長の幕開けと
    なった。’64年の東京オリンピックは先進工業国日本の象徴的出来事だ。
    高度成長は高層ビルが林立する大都会が象徴するように物質的「豊かな社会」を
    出現させた。一方ではマイナスの事象である環境破壊・過疎過密・物価高等が顕
    在化した。しかも、経済成長は不変とする「永続性の神話」を根底から揺るがす
    オイルショックが’73年に発生した。戦後初のマイナス成長である。
    従来の「大量生産・大量消費」から節約の強調といった生活スタイルへの見直し
    である。
     ? 1974年から’84年(国民生活白書を中心とした生活像)
    ’74年以降は、低成長を基調とした様相になった。全般的にはソフトランディング 
    に移行し安定生活になった。物的享受を主柱とする中流意識の定着は無視できな
    いものである。
    1979年の国民生活白書から言及していく。副題は「生活基盤の拡充と機会」
    である。ここでは住宅の質と自由時間の充実、機会の拡充で教育・職業をとらえ
    ている。住宅については広さ・環境が中長期の課題とし、自由時間の過ごし方と
    家庭との相関関係も大事になってくるものとしている。
    1980年の国民生活白書では、副題は「変わる社会と暮らしの対応」である。
    生涯設計の必要性と修正がせまられているとし、高等教育の多様化(メリット低
    下・進学率鈍化・専修学校志向など)である。勤労生活において余暇増大・年功
    賃金体系の変更・ポスト頭うちが表面化しそうである。帰属意識が希薄で個人の
    能力・希望を活かす要求が強くなる。
    高齢化社会の到来で老後に対する意識が肝要と力説している。
    1981年の国民生活白書では、副題は「生活の質的向上とその課題」である。
    量的拡大より質的な満足を追求する点である。それは、余暇の有効活用である。
    生活の質の分野として、世帯(家庭)・健康・教育・雇用・余暇活動・住宅を挙
    げている。
    中高年層では、「健康・所得・生きがい」が焦点になると指摘する。
    1982年の国民生活白書では、副題は「安定成長下の家計と変貌する地域の生
    活」で今回は都市と地方の対比である。実質収入や住居の面では相対的逆転をし
    ているという指摘である。生活の変化が地域格差にも生じている点である。
    1983年の国民生活白書では、副題は「ゆとりある家計と新しい家族像を求め
    て」である。実質所得は微増で、税・社会保険の圧迫に要因がある。年収の 
    1.3年分の貯蓄が算術平均であり、負債返済分が増えている。健全な家計管理術が 
    ポイントだ。日本のあるべき家族の姿を解明しようとした。
    戦後の核家族の増大など家族観も変容をとげた。老人問題も不可避としている。
    1984年の国民生活白書では、副題は「人生80年のゆとりと安定のために」
    である。家計管理の確立が明暗を分けるとしている。人生設計が不可欠とする。
    中年層ではゆとりの少なさが負担の要因としている。各ライフステ−ジにおける
    効果的達成のための制度等を提案している。

    3 生活設計論(様々な生きざま論)
     社会事象編
     ? 険しい今日の情勢
    現在の日本は奇跡の成長をとげた。成功要因は、国民の高い教育水準と勤勉性、
    軍事小国のため資本・技術・労働力の民間投入、民主化政策の平等化で市場の拡
    充と高い貯蓄率、資源・エネルギ−の安定確保、技術革新と巨額な設備投資の効
    率的生産等の複合的な成果であろう。
    しかし、日本経済は根本的な問題を抱えている。以下のとおり。
     @ 財政赤字問題
     A スタグフレ−ション
     B 貿易摩擦
     C 食糧・エネルギ−・資源の対外依存
     D ME革命の労働現場・社会に与える影響
     E 高齢化社会
    特にEの高齢化社会は大きな影響がある。
     ? 老人人口の増大に伴う負担増
    社会保険の増大は、財政上の懸案になる。
     ? 年令構成の変化による労働市場の変貌
    定年延長の要請が強くなる。雇用確保も課題だ。
    中高年層が仕事・家庭・社会生活面で責務重大となる。
    シルバ−市場の増大がみこまれる。
     ? 「世代間抗争」
    発生する負担は若年層にもかかってくる。逆に、享受できる分が(若年層に)少
    なく反発が予想される。
    以上の点をふまえて自助・公助・協助(勤務先での施策)の結合した対応が求め
    られる。
     ? 将来の国民生活像
    社会的背景を前提に考える。軍縮や国際経済の調整、人口抑制は達成すべき目標
    である。次に貧困の撲滅と社会的公平の実現、そして政治的理念の擁護である。
    以上を土台にして真の意味で国民生活像を論議できる。
    高齢化社会に突入し、価値観の多様化だけでなく現象的に「高速社会」となるだ
    ろう。余暇(自由時間)の増大、労働現場のOA化で質的変化が予想される。
    精神・文化の豊かさ欲求、自然回帰、仕事・私生活の両立、男女の役割分担の転
    換等が顕在化するものと思われる。ライフサイクルも変化してくるだろう。
    住環境や住居は質的変化するが、消費は一人一人の生活態度にかかってくる。

     生活設計編
     ? 人生アセツメント(個人型生活設計論)
     その1 個人の事例にみる生活設計
    ’95年の三木内閣時代に個人レベルの生活設計が提言され、生命保険業界でも
    モデルケ−スが具体化されている。自律的な生活創造意欲こそエネルギ−となり
    える。実践者として井上富雄氏がいる。
    人生は三段ロケットで「成長期」・「労働期」・「退職以降」に分けられる。
     その2 未来年表
    千尾将氏(上智大講師)提唱の未来年表方式に注目している。
    将来に予想されているイベントと自己の願望を整理して年表に記入するものであ
    う。時系列に記入すると実現可能性が一目瞭然となる。
     その3 マンパワ−の作成するライフプラン
    表にしてまとめる方式であり@現状分析・認識A目標設定B課題探索C計画化
    D実現行動E行動の点検 という手順で作成していくものである。
     ? 労使一体の生涯総合福祉プラン
    実効性において企業サイドの制度的保障がすぐれている。実際に取り組んでいる
    企業もある。藤田至孝教授によると5つの柱がある。
     @ 高齢化対策と定年延長
     A 健康づくりと余暇活用援助
     B 退職老後・不時の場合の所得保障
     C 財産形成援助
     D 働きがい

    4 終章
    生活問題は万人に普遍のテ−マ。
    主対象としたのは、中流意識を自認する勤労層であり、どういう場合で窮乏感を
    感得するのであろうか。
    筆者の考える窮乏化の表現形態は以下のとおり。
     @ 豊かな生活を営むため債務奴隷としての拘束状態。
     A 賃金による生活範囲の規定。
     B 現代型貧困の増大
    筆者が強調したいのは、中流意識と生活圧迫感の両面保持が実相とする。
    つまり、物質欲求の充実感を足場に中流意識が存在しする一方で、今日的な諸問
    題による不安定が生活圧迫感の基礎となる。
    「昭和時代」は3区分できる。昭和20年までは戦争の道であった。その後は、
    政治の時代であり、以後は経済発展の時代であった。
    今後は、個人間での創造的生活意欲の持続と長期的・具体的な生活設計の有無が
    将来の明暗を分けると筆者は力説して結論とするものである。


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